history日誌

へっぽこ歴史好き男子が、日本史、世界史を中心にいろいろ語ります。コミュ障かつメンタル強くないので、お手柔らかにお願いいたします。一応歴史検定二級持ってます(日本史)

タグ:坂上田村麻呂

「エミシ」という言葉をご存じでしょうか。かつて東北地方の住民は「エミシ」と呼ばれておりました。漢字で書くと「蝦夷」です。古くはこれに「毛人」という漢字をあてて「エミシ」と読んでいました。さて、このエミシという言葉は差別用語みたいなニュアンスがありますが、もともとはそんな意味はありませんでした。それでは、ここで問題です。その「エミシ」の本来の意味は次のうち、どれでしょうか。



  1. ABC

  2. 東の人

  3. 強い人


まさか1番を選ぶ人はいらっしゃいませんよねw?「ABC」→「えびち」→「えみち」→「えみし」なんて絶対ありえませんw

正解は3番です。平安時代後期には権威付けのために蝦夷との関連性を主張する豪族(安倍氏や清原氏)が登場していることから、「えみし」には強くて勇敢ゆうかんという語感があったと推測されているそうです。そこから、直接その意味で用いられた用例はないものの、本来の意味は「田舎の(辺境の)勇者」といったものではないかという推測もあるそうです。

金田一京助は「エミシ」はアイヌ語に語源があると考えたそうです。金田一はアイヌ語の「エンチュ (enchu, enchiu)」という言葉から「えみし」という言葉が生まれたのではないかと。

この記事は2009年9月に書いたものを加筆修正しました。

長野県の穂高にあるわさび園は僕がちっちゃい頃から何度も訪れているから(少なくとも5回は訪れている)、来る度に「また来たか」と思います。でも、ここを訪れないと信州安曇野に来たって感じがしないのです。
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ここには伝説があります。時は平安時代の初期、桓武天皇の時代。穂高の八面大王と呼ばれる豪族が安曇野地方を支配していたそうです。それを朝廷が坂上田村麻呂を遣わして、穂高の大王を退治したって話。

僕は子供の頃、この八面大王というのが悪い奴だと思っておりました。だって八面大王というネーミングからして怖いイメージがするしw、それに八面大王は民に迷惑をかけた悪い奴だって話も聞いたことがあります。





しかし、今回説明看板をじっくり読んでみて、本当に悪いのは朝廷じゃないかって思われました。むしろ安曇野の地を守る勇者のようにも感じられました。

一方で、朝廷は東北平定の足がかりの為にも信州の地を押さえておきたかったのです。朝廷にも八面大王にもそれぞれ言い分があったのでしょう。ただ、朝廷が貢物を要求したり、無理難題を押し付けたりと強権的なやり方がまずかったのかもしれません。

八面大王は神通力の持ち主だったと信じられていました。田村麻呂がせっかく退治したとしても、また蘇ってくるのではないかと思い、死体を切り刻んでバラバラに埋めたそうです。

大王の耳を埋めたのが(長野県穂高にある)有明の耳塚、首を埋めたのが筑摩神社の首塚、そして胴体を埋めたのが穂高の大王わさび園だといわれています。

大王が立て篭もったといわれている祠。僕も祠の中に入ったのですが、祠に入っていたとき、土砂崩れして、外に出られなくなるのではないかとハラハラしていましたw ↓ 

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(大王の見張り台と呼ばれる築山)

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(大王の見張り台と呼ばれる築山の頂上にあった大きな石)


その安曇野もいまや長閑な田舎の風景そのものです。とてもそんな争いがあったとは思えません。

それから、わさび園は黒澤明さんの映画のロケにも使われました。その黒澤さんの映画の題名は『夢』

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映画『夢』にもでてきた水車小屋の風景をいくつかご紹介します。風情があっていいですね。昔の日本では水車のある風景なんて珍しくなかったのかもしれないが、今ではすっかり珍しくなりました。寂しい事です。


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