
(相関図)
ペルセウスは、アンドロメダと結婚したことを祖父であるアクリシオスに報告したくて、妻アンドロメダと母ダナエとともにアルゴスに向かいました。アクリシオスとはアルゴスを治める王様でしたが、ペルセウスが生まれる前、自分が孫に殺されるという神託を受けて、我が娘のダナエと、まだ赤ん坊だったペルセウスを海に流してしまったのです。そのペルセウスがアルゴスを目指しているという情報を耳にした、アクリシオスは絶句します。「ダナエの子が自分を殺しに来る!」って思ったのでしょうね、アクリシオスは。まして、ダナエとペルセウスを海に流したものだから二人は恨んでいるに違いないって思ったことでしょう。ペルセウスを恐れたアクリシオスはテッサリアへと亡命したのですね。
しかし、ペルセウスはそんな恨みの気持ちなど全くなく、本当に純粋な気持ちで祖父に逢いたかったのですね。おじいちゃんを喜ばせてあげようって、ペルセウスはおじいちゃん孝行をしたかったのですね。
アクリシオスは王宮から逃げ出してしまったのです。アルゴスにたどり着いたペルセウス。アクリシオスを訪ねても、王宮にはいなかった。ペルセウスは「どこにいったのかな〜?」って首をひねるばかり。王がいなくなったので、英雄ペルセウスに王になってくれと頼まれます。ペルセウスは「よくわからないけれど、まあいいか」って、ペルセウスはアルゴスの王として即位します。
そんな折、テッサリアで競技大会が行われました。今でいうオリンピックですね。ペルセウスはアルゴス王として、この大会を観覧するどころか、自ら選手として参加したいと申し出たのです。いわば飛び入り参加ですね。競技は、走り幅跳び、徒競走、円盤投げ、槍投げ、レスリングの5種目。5種目のうち3種目で優勝したものが大会の勝者となります。(※1)ペルセウスは飛び入り参加ながら、他の選手たちを圧倒。ペルセウスは並外れた身体能力の持ち主でしたから。
そして円盤投げ。観客たちの期待は高まり、会場はペルセウスコール。しかもペルセウスは円盤投げは得意中の得意。しかし、さすがのペルセウスも観客の期待が大きすぎてプレッシャーにさいなまれます。そして、ペルセウスは円盤をなげました。すると、その軌道は大きく外れ、観客席に向かったのです。焦ったので手元が狂ったのでしょうね。そして観客席にいた老人が円盤にあたって死んだと。それを聞いたペルセウスは凍り付きます。まして、その老人は自分の祖父アクリシオスだったのです。事故とはいえアクリシオスは予言通り孫によって殺されてしまったのですね。
ペルセウスはいたく悲しみ、そして「私はなんて馬鹿なことをしたんだ!」って後悔の念にさいなまれたのです。ペルセウスは祖父アクリシオスを手厚く葬り、贖罪の念から、アルゴス王を自ら降りてしまうのです。そしてペルセウスは、ティーリュンスの王メガペンテース(プロイトスの子)のところに行って国土の交換を行い、ミデア、ティーリンス、ミュケーナイの支配者となったといいます。
また、ペルセウスと言えばこんな伝承もあります。ディオニュソスという酒の神さまがいたのですが、その神様は秘教の伝道者でもあり、多くの信者たちを引き連れて各地をさすらっていたのですね。そんなディオニュソスがアルゴスに来訪すると聞き、ペルセウスはディオニュソスと戦ったのですね。すごいですね神様と戦うなんて。ディオニュソスには多数の女兵士がいて勇敢に戦ったのですね。いわゆるアマゾネスですね。それをペルセウスは軍を率いて戦い、女兵士たちを殺したといいます。そして大将のディオニュソスまでペルセウスは殺してしまいます。神様を殺すなんてバチ当たりな。しかしディオニュソスはさすがは神様、奇跡的に生き返りペルセウスと和解したとのこと。
また、ペルセウスとアンドロメダの間で何人か子供がいましたが、その一人がペルセースといいペルシア王国の祖だと伝承があります。ペルシアという国名もペルセースにちなんだものでありますが、ペルセースの父であるペルセウスへのリスペクトもこめられているのではないかと。時は流れ、アケメネス朝ペルシアという中東一帯を支配した王朝がありまして、そこの王様のクセルクセス1世はギリシアとの戦争の前にペルセウスの祖国アルゴスに使者を派遣し、自分はペルセウスの子ペルセースの子孫であり、我々は同族同士であるためお互いが戦うことをやめようぜって伝えたと言います。ペルセウスが実在の人物かどうかわかりませんが、興味深いお話です。
※1 最初の走り幅跳びでふるいをかけ、徒競走、円盤投げ、槍投げでそれぞれ選手をふるいにかけ、4種目勝ち残ったものたちで最終種目のレスリングで争うという説もあり。

(円盤投げの像)








