history日誌

へっぽこ歴史好き男子が、日本史、世界史を中心にいろいろ語ります。コミュ障かつメンタル強くないので、お手柔らかにお願いいたします。一応歴史検定二級持ってます(日本史)

僕の生まれた年は1975年です。この間、誕生日を迎えました。誰も祝ってくれないのでw一人でケーキを買って食べてしまいましたwもうこの年になると誕生日もくそもないのですが。

さて、僕が生まれた年の1月1日、新年早々大惨事があったのですね。長野県の青木湖という大きな湖があるのですが、その湖にスキー客を乗せたバスが沈んでしまい、24人が死亡、15人が負傷したのです。なんとも痛ましい事件であります。青木湖とは、大町から白馬に行く途中にある仁科三湖の一つです。木崎湖、中綱湖、青木湖です。木崎湖はレジャーが盛んで比較的明るい感じの湖、中綱湖は小さくて、湖というより池といったほうが近いかも。そして仁科三湖で最も大きくて、水深が深いのが青木湖です。なんともよく言えば静かで神秘的な感じ、悪く言えばなんか暗い感じのする湖。この仁科三湖は、大糸線の車窓から見ることができるのですが、その3つの湖のたたずまいが何とも美しく、人気スポットとなっております。


その青木湖で起きた事故の直接の原因は運転手の運転ミスですが、その原因をまとめると。

  1. このバスは定員32名のところを2倍近い62名を乗せて運行したので、車内はぎゅうぎゅう詰め。客席はもちろん通路や前部ドアのステップ部分にまでスキー客が乗り込む有様だった。


  2. 車体前部のステップにいる乗客が邪魔になり、運転席からは左前部のミラーを確認できない状態だった


  3. 当時まだスタッドレスタイヤは開発されておらず、特に大型車はタイヤチェーンが降雪・路面凍結時の滑り止め装備として必須だったが、該当バスはチェーン装着がなかった。だから路面が凍っていたら、つるつる滑ってしまう。


  4. 運転手は運転手で日ごろから乱暴な運転をしていた


あんまり客を多く乗せすぎたために、運転手は左側ミラーが見えなくなって、車体左側をこすらないことに気をとられ、必要以上に右に車体を寄せてからカーブを曲がろうとしたのです。その判断が大きな間違いで、この運転操作により右前輪が脱輪し、そのまま車体前部から滑り落ちるように湖に転落したのですね。しかも路面も凍っていたから余計にうスリップしやすかったのでしょうね。運転手は逮捕。運転手は事件の1年前くらいに市内の自動車整備工場の整備士から転職してきた人で、大型免許は持っていたものですが、客を乗せての運転経験は浅かったようです。危ないですね。運転手も運転手だが、客をぎゅうぎゅう詰めにしたり経験の浅い人を運転手にする会社も会社だなって。

実は僕も白馬村観光のついでに青木湖のこの事故の供養のために供養塔までタクシーで乗せてもらったのですよ。青木湖の最寄り駅である簗場駅で待ち合わせして、供養塔に向かいました。

青木湖の東側、大糸線に面しているほうは比較的明るく見通しがよくカーブも少ないのですが、反対側の西側はうっそうとしていて暗いのですよ。しかも、急なカーブが多くて、運転を誤ったら湖にどぽんだなって思いましたよ。タクシーの運転手の方も内心嫌がっていました。供養のためとは言え悪いことしちゃったなあ。

しかも夕暮れで見通しも悪く、事故があったところだから嫌だなって思ったんでしょうね。供養塔までは乗せてくれましたが、供養塔から白馬まで行くのに、西側ではなく青木湖の東側を走らせてくれとタクシーの運転手にいわれたので、同意しました。

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(青木湖 大糸線から撮影)

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(供養塔)




↑「反日」と「親日」の区別、面白い視点だと思います。日本のお世辞を言うことが親日とは限らないですね。

お世辞もある程度、事実に基づいているのならよいけれど、あんまり現実や事実と離れていると嫌味に成ると思うんです。例えばテストで毎回赤点の人に「あなたは勉強がおできになる」ってなんて言ったら、かえって嫌味や誉め殺しに成る。そういえば「TPぼん」にもそんなセリフが出てきたっけ。



だいたいお世辞を言う人って下心がある人が多いんですよ。表では上司のゴマをすっても陰では会社や上司の悪口や不平を言っている。お世辞やゴマをするのは上司に気に入られて出世したいだけの話。だいたい日本に対して必要以上にお世辞いう外国人って何かしらの下心あるんじゃないかって疑った方がいいくらい。

で、日本をちょっとでも批判すると反日。それが事実であったとしても。

例えば、フランス人画家だったビゴーは日本を揶揄するような絵を描き、ネットでは反日なんて言われてるが、ビゴーが批判したのは日本国家の皮相的な欧化主義であり、日本の伝統的な文化や庶民の営みには敬意と共感を抱いていたんですよ。晩年は自宅の庭を日本風の庭園にしたり着物も着て、フランス人から「日本人」と言われたほど。めちゃくちゃ親日じゃないですか?ちょっと日本を揶揄したからといって、それで反日認定するなんてもったいないです。










以前にパラオのことを書きましたが、たしかに日本の植民地だった人が日本の統治時代を懐かしんだって話は本当の話です。台湾もそう。けれど、戦時中の話はそんないい話ばかりではありません。戦時中、日本軍はアジアの開放を助けたアジアの英雄だってネットでいわれているけれど、実際は異なります。僕の知り合いがフィリピンに行ったけれど、現地の人たちは、戦時中は日本軍にひどい目にあったって。そんな話を聞かされたそうですよ。

宮崎駿が「フィリピンでの虐殺や蛮行を忘れるな」って言いました。それは、我々戦争を知らない世代に対して歴史修正主義者が「フィリピンの独立を助けた」とか「感謝している」とか言ってきても、実は日本軍による虐殺や蛮行もあって、そんな歴史修正主義者に流されちゃだめだよって意味だと僕は思います。実際、現在のフィリピンの高額紙幣は、マゼランと戦ったフィリピンの英雄ラプラプ王ではなく日本人に処刑された三名の抗日運動家なんですよね。

ホセ・アバド・サントス最高裁長官

ビセンテ・リム陸軍司令官

ホセファ・リャネス・エスコダ女性開放運動の活動家


フィリピンとか東南アジアが親日になったのは戦時中というより、むしろ戦後の日本が東南アジアに対する補償だとか民間人の頑張りとか、そういった面のほうが大きいと思う。




台湾の統治だって、たとえば小◯よし◯りの『台◯論』とかでは、あたかも台湾人のみながみな旧日本の統治を感謝しているみたいな書き方だけれども、確かに日本はインフラを直したり、いろいろやったので、感謝している人もいます。しかし、実際は現地の人を強制労働したり、霧社事件むしゃじけんという抗日運動までありました。しかし「台◯論」とか保守系言論人の書いた本をみてると、日本の功績ばかりで露社事件の話は出てこない。









僕はなにも日本をなじるつもりはないが、人間のすることですからね。良い面もあれば悪い面もある。なのに都合の悪い話をひた隠しするのはやめましょうって話。特に戦争は。古今東西、戦争の歴史を振り返ってみても弱いものに対する蛮行や虐殺はなかったなんってことは、まずありえないことです。聖戦といわれた十字軍だって、実際は十字軍が現地の人たちから略奪や虐待、はては人身売買まで行われたといいます。十字軍の欺瞞に関しては近々僕のブログで触れたいと思います。





あと1990年から1991年の間におこった湾岸戦争のとき、原油まみれの水鳥の映像が流され、イラクの仕業だといわれておりますが、実際は、ペルシャ湾に石油が流出したのは米軍の攻撃が原因だったことが判明しております。アメリカとしてはいつまでもイラクの仕業にしたかっただろうけれど、結局それもかなわなかったってことでしょうね。







戦前の歴史、「国史」では、「白村江の戦い」と「壬申の乱」が取り上げていないのです。だから、戦前の教育を受けた人は、白村江の戦いも壬申の乱も知らない人が少なくなくて、昭和天皇の側近でさえ、「壬申の乱?なにそれ?」って感じだったそうです。

白村江の戦いが取り上げられないのは、日本の負け戦だったからです。この戦いは、天智2年8月(663年10月)に朝鮮半島の白村江(現在の錦江河口付近)で行われました。

当時の朝鮮半島は、新羅、高句麗、百済とまさに中国の三国志のような時代でしたが、新羅が力をつけて、百済を攻めてきたのです。百済が日本に助けを求めたのです。それで、日本が朝鮮半島の同盟国であった百済を助けるために、新羅と唐に戦いを挑んだのですが、とんだ負け戦だったのです。日本が負けたということは都合がわるかったのでしょうね。

壬申の乱は、天智天皇の死の翌年の672年に起った皇位継承をめぐる大規模な内乱で、大友皇子と大海人皇子が次期天皇の座を巡って争ったのです。つまり皇位継承の争いです。大海人皇子が天智天皇の弟、大友皇子は天智天皇の子供です。乱は大海人皇子が勝利し、大海人皇子は天武天皇となりました。やはり、天皇の身内同士が相争った事実は都合が悪かったのかもしれません。

※ 参考文献
ある侍従の回想記: 激動時代の昭和天皇
岡部 長章
朝日ソノラマ
1990-02-01






久々に「戦前はよかったか?」シリーズ書かせていただきます。今日は家父長制の話。家父長制って何ぞや?といえば、一言でいえばクズ男のためのセーフティーネット。この制度のおかげでどんなクズ男でもえばっていられたのです、明治から昭和初期までは。



いま「おしん」を見ておりますが、「おしん」はまさに家父長制の悪い面をありありとえがいているんですよ。

で、僕が「おしん」を見て気になったのが、おしんの父親の作造と、作造の長男の庄治、おしんからみたら兄です。おしんの父と兄は、おしんが働いて得たお金をたびたび無心していて、あてにしていたのです。で、父と兄は酒を飲んでは、家の中で威張っているのですね。当時の小作農は貧しくて苦労したのはよくわかりますが、自分たちのために外で苦労して働いている、おしんの身にもなってみろよって言いたくなります。

しかも、この父・作造がクズそのものでして、幼いおしんを奉公に出しただけでなく、女房までも旅館の女中として奉公させたのです。今じゃ旅館の女中といえば下働きをすればよいのですが、昔は下働き+男の相手までしたのです。要するに風俗嬢まがいなことまでしたのですよ。もちろん、すべての旅館がそうではないのですが、昔は女中にそういうことをさせていたところも少なからずあったのですよ。

もちろん、クズ父の言い分もわからなくはないのですね。当時の小作農は自分で育てた田畑のお米だとか野菜だとか、そういったものを地主に納めなくてはならないのです。しかも、地主が強欲だと不当に物納をする必要があるのです。それで、残ったものを小作農はいただくのですが、ほとんど物納をしたため、食べる者もほとんど残っておりません。ひえやアワなんて当たり前で、たまに麦飯が出る程度。ひえやアワなんて今じゃ鳥の餌ですが、昔は農民の主食だったのです。

それで食べるものが少ないので、地主にお金を借りるのですね。そうして小作農は借金も膨らみ、地主だけが良い思いをしたのです。食べるものも少ないうえに借金もたまる。

まして、当時の農村は核家族ではなく、子供もたくさんいて、高齢者も抱えていたのです。これじゃあ食費も大変ですね。そんな状況だから、幼い子を口減らしで奉公に出していたのです。それで高齢者を姥捨て山とかに捨ててしまったり。おしんの家は大家族で、おしんだけでなく、姉も製糸工場で病気で亡くなるまで働いていたのです。

そんなに困った状況なのに、クズ父は子供を作るばかりで、しかも大酒のみ。だから、ネットではツクールってあだ名があるんですよ。意味は、借金や子供をたくさんつくるからツクールってよばれております。もちろんツクールってあだ名は作造という名前からも来ていると思いますが。しかも、作造は本当にクズですぐに女・子供に暴力をふるう。


おしんの兄の庄治も作造の輪にかけてひどい男で、おしんの送ったお金でのうのうとしていられるのに、感謝どころか、おしんにつらく当たるのですね。しかも、庄治が嫁をもらうので家を建て替える必要がある。その建築費用も、おしんに出せっていうのですね。


おしんの亭主の竜三も、ひどいもんで、女房よりも自分の母親の言いなりで、おしんが母親に逆らうと暴力をふるう。しかも、好き勝手放題。で、時々おしんに優しくするから、ある意味たちが悪い。

でも、そんな身勝手が当時は許される時代だったのです。明治時代以降、家父長制がとられ、家族で一番偉いのは家長であって、家長のいうことは絶大で、家族の決めごと、たとえば冠婚葬祭すべてにおいて、家長のいうことがすべて。たとえば、恋愛をして好きな人ができても、家長が気に入らなければ、結婚をあきらめるしかないのです。戦前に心中が多かったのもそのためです。しかも、家の財産は家長が独占できて、家長が家の金を酒に使ったりギャンブルに使っても、家族は何もいえないのです。しかも家長の財産は基本的に長男に相続されました。おしんの父が、おしんに無心するのも、おしんの稼ぎもオレや長男の庄治のものって感覚から来てるのでしょう。

で、樋口一葉のような例外もあるけれど、家長は基本的に家の長男がなるものでした。家父長制があれば、長男が偉いのですね。女は男に何をされても泣き寝入りするしかなかったのです。


実際、おしんは奉公先の加賀屋の大奥様から、

女は亭主のため、子供のためだからこそ、できない苦労もできるんだ」

って言われたのです。おしんは、加賀屋の大奥様のことはものすごく尊敬していたし、感謝もしていたが、その言葉だけはすごく反発していたのです。しかし、おしんの祖母も母親も、そうして自分を犠牲にしてまで、亭主や子供たちのことを考えた。しかし、その結果幸せになれず死んでいった。そして黙って地主にしたがう小作農のみじめさ。それを、おしんは子供ながらに反発したのです。

「おらはそれだけの女になりたくねえ。ばんちゃんや母ちゃんみたいな悲しい女にならねえぞ。死んでしまってやっと楽になる一生なんぞオラはいやんだ。」



もし、そんな家父長制が令和の時代に復活したら、家長をある意味甘やかしてしまいます。家長が家でゴロゴロして、子供や配偶者が代わりに働くなんてことがまかり通ったり、家長がギャンブルやったりdvしても、女をつくっても、泣き寝入りするしかないのです。

ちなみに某政党のつくった憲法案にも家父長制の復活がうたわれております。しかも驚いたことに、保守系の女性の議員や識者が、それを積極的に支持しているのですね。僕には信じられないことです。旦那がいい人できちんとお金も入れてくれる人ならいいが、作造や庄治、竜三みたいな男だったら一生苦労するよって。

じゃあ、樋口一葉のように、女性が家長になればよいかといえば、それもどうかなって。おしんは佐賀の田倉家に嫁に行ったのですが、長男がいたものの、実質、田倉家の家長は、おしんの姑の清でした。清が家では絶大な権力を持ち、おしんも相当いびられたのですよ。

家父長制は終戦とともに制度としてはなくなりました。しかし、日本人に一度根付いた家父長制はなかなか払拭されませんでした。「おしん」でも、今まで家父長制という制度に苦しめられた、おしんが戦後になると、もっといえば田中裕子から乙羽信子にバトンタッチした途端に、若い世代を押圧する立場になったのです。おしんが頭でどんなに家父長制を否定しても、身体に染みついている。自然と家長のように威張ってしまう。そんな恐ろしさを橋田壽賀子は見事に書いています。実際、戦後教育をバッチリ受けた団塊世代でさえ家父長制の価値観を持っているくらいですから。

家父長制というのは独裁制と同じで、家長が英明で公平な人だったら、うまく機能するが、クズみたいな人間がこの制度を悪用したら泣くのは家族です。下手すりゃ家がめちゃくちゃになります。そんなんドラマの中の話だろって声が聴こえてきそうですが、「おしん」の登場人物のような苦労をした人は多かった。だからこそ、放送当時大きな反響を呼び、いまだに朝ドラで「おしん」の視聴率を超えるドラマはないのです。







ツイッター、おっと今ではxというのかw、日本に台風が上陸するたびに、「気象兵器」だって騒ぐ人がいる。僕はそのつぶやきを見るたびにうんざりするんですよ。地震兵器の記事でも書いたのですが、地震兵器だの気象兵器だの騒ぐ人を僕はどうしても生理的に好きになれないんですよ。

なぜかって?

そういうことを言う人の根底に、「人間は容易に自然を支配することができる」という驕慢な態度がしばしみられるからです。自然は人間が思っている以上に複雑で、怖いものですよ。自然は人間に恵みももたらしますが、人間に被害ももたらします。そんなことは人類の歴史をみればわかるでしょうに。そんな人間が自然を支配するなんて無理。できたとしても、支配しているに見えるだけ。いわば、お釈迦様の掌で踊らされている孫悟空と同じ。結局、大自然からみたら人間なんてお釈迦様の掌であばれているだけの孫悟空そのもの。

もちろん、そんな傲慢ちきな人ばかりではなく、ネットの言うことをマジで信じている純粋まっすぐ君もいるだろうけれど。

ともあれ、日本にくる台風が自然兵器なら、フィリピンとか台湾に上陸する台風は自然兵器ではないの?もっといえば、鎌倉時代に元軍を襲った台風も自然兵器w?

しかし、気象兵器が全くないかといえば、実はそんなことがなくて、過去に気象兵器をつくろうとした動きはあるにはあったのですね。でも1975年に米ソで気象兵器の開発禁止の話し合いが行われたのですね。気象兵器は地球の生態系を乱す恐れがあるから、開発するのはやめましょうって。新聞にも載りました。

まあ、それもあるけれど、気象兵器なんて開発も大変だし、扱うのも難しいから、開発するのをやめましょうって話だと思われますが。





それに台風を起こせるほどの気象兵器をつくれるなら、そういった気象兵器を平和のために転用し、砂漠地帯へ雨を降らしたり、水不足の解消にもつながると思うのですが。しかし、実際はネット民が気象兵器を隠し持っていると信じてやまないアメリカが、水不足に悩まされているようです。

アメリカ北部では干ばつがおき、アメリカ最大の貯水池のミード湖やパウエル湖も水位が下がっている有様。アメリカどころか世界的に水不足は深刻な問題で、約30億人が水不足に悩まされ、食料生産などにも影響を及ぼしているほどです。

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