history日誌

へっぽこ歴史好き男子が、日本史、世界史を中心にいろいろ語ります。コミュ障かつメンタル強くないので、お手柔らかにお願いいたします。一応歴史検定二級持ってます(日本史)

1 白状します。ゲイです。
今日は歴史の話とずれてしまいます。きわめて個人的な話になりますが、僕はLGBT、つまりゲイです。子供のころから女性が好きになれず、男の子のほうがどちらかというと好きでした。むしろ、子供のころに女の子にいじめられた経験から、いまも女の人は苦手です。おばあちゃん子だったから、おばあちゃんは平気なのですが。というか、僕はおばあちゃんには実によくもてますw若い女の子には敬遠されるのに。自分でもいうのも変だけど。配達の仕事やってるのですが、おばあちゃんによく声をかけられますね。僕がくると嬉しそうな顔をされるんですよ。

逆に男の子のほうがよく寄ってきましたね。今もネットやユーチューブの男性の筋肉をみるとドキドキしちゃいますね。かといって、男の人と付き合いたいといえば、それも微妙で、一緒に喫茶店に行こうとか、ちょっとどこかに出かけようとか、そのぐらいならOKですが、あんまりベタベタされるのも嫌で。まして同性婚となると構えてしまいますね。同性婚が広まることはいいことだと思うが、自分がしたいかと思えば、それは嫌かな。電車の中で時々、イケメンの男性を見ると「あれ、いい男」って思っても、それでおしまい。

学生の頃、イケメンの子と仲良くなって初めのころは、うれしかったのですが、あちらのイケメンの子のほうがどうも積極的に僕のところに電話してきて、それから、僕のほうが少しうっとうしくなって。ある程度、距離を置いてくれたほうがありがたいなって。イケメンは遠くから眺めたほうがいいなって、僕の場合。

僕は芸能人とかスポーツ選手とか、歴史上の人物だとか、漫画やアニメに出てくる男性のほうが好きかな。会うこともなく遠くから眺められるから。最近、亡くなった鳥山明の「ドラゴンボール」にでてくるヤムチャなんて好みかな。漫画では咬ませ犬的で損な役割だけれど、結構強いし、イケメンだし、野球もうまいし。

芸能人とかスポーツ選手は結構いるので、この場で全部言うのは大変なので折に触れてちょこちょこお話しようかなって。

歴史上の人物だと坂本龍馬でしょうかねえ。あの銅像の太い腕たたまりません。それと、フィリピンで、マゼランと戦ったラプラプ王。誰それ?大航海時代、マゼランは世界一周をした人で有名ですが、彼はフィリピンにてラプラプ王率いる軍勢に殺されてしまうのですね。ラプラプはフィリピンを救った英雄として今も語り継がれ、銅像まで作られております。そのラプラプの銅像というのが、裸で、しかもラプラプのその鍛え抜かれた肉体美がたまらないです。

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(ラプラプ王の銅像。ウィキペディアより)



2 LGBTの時代

僕が子供のころはLGBTなんて言葉もなかったし、「とんねるずのみなさんのおかげです」にでてくる保毛尾田保毛男(石橋貴明が演じた)というキャラがでてきたのですが、この人物が名前の通りゲイだったのですね。しかし、「みなさんのおかげです」が放映されていた当時はLGBTなんて言葉もなく、ゲイなんて世間では嘲笑の対象だったので、僕自身も肩身が狭い思いをしたものです。それが今じゃ変わった。ドラマの「ドラゴン桜」(2021)に出てくる女理事長の話にこんなセリフが出てきます。

「バカねあなた、どの時代を生きてんの? 今はLGBTは当たり前、多様性の時代よ」「堂々としてなさいよ」


僕が学生のころ、こんなセリフを言える人は現実の世界はもとより、ドラマやアニメでさえ出てこなかったセリフだったのに。今では男同士、女同士が結婚してもよい時代になりました。つまり同性婚ですね。日本ではほとんど広まっていないけれど、良い時代になりました。

3 歴史上の同性愛
でも歴史上、ゲイカップルは結構いたのですよ。古くはアレクサンドロス大王とヘパイスティオン。ヘパイスティオンは線が細い美青年でしたが武勇に優れておりました。一応、アレクサンドロスには妻がいたのですが。二人の親密ぶりは『アレキサンダー』という自伝映画でも描かれております。あまりの二人の親密ぶりにアレクサンドロスの妻が嫉妬したほど。しかし、ヘパイスティオンは若くして亡くなるのですね。ヘパイスティオンの死をアレクサンドロスは大いにかなしんだといいます。ヘパイスティオンの死から一年後にアレクサンドロスは亡くなるのですね。

日本でも、織田信長と森蘭丸が、そういう関係だったんじゃないかってウワサがあります。森蘭丸は美少年で有名でしたから。あと武田信玄と伊達政宗はそれぞれ若い小姓とラブラブだったそうです。特に武田信玄は浮気をしてしまい、恋人?である小姓を怒らせてしまうのですね。それで釈明の手紙を信玄自ら書いたといいます。というか戦国時代は戦場に女性を連れていくことが禁じられていたから、必然と男性との交流が多くなって、女性の扱いも子孫を残すための、いわば跡継ぎを生む機械みたいなひどい扱いだったのですね。

江戸幕府の3代将軍徳川家光も男色というか女性恐怖症だったようで、小姓と付き合うばかり。春日局が困ったそうです。それで、春日局はお万の方という尼さんを無理やり還俗させて、家光の側室にしたのですね。お万の方は男性のような雰囲気だったそうですよ。そのお万の方が側室になってから、家光も女性に対する怖さもなくなって、どんどん側室を受け入れるようになったといいます。

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(お万の方の銅像)


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漫才の歴史は意外と古く、平安時代にその原型があったといいます。当時は漫才と言わず、千秋萬歳(せんずまんざい)」(略して「萬歳」)にあります。基本は「太夫」と「才蔵」の2人組の芸です。2人は新年のめでたい日に家々を訪れ、その玄関先で芸を披露します。太夫が扇、才蔵が鼓をもち家々を回ります。

太夫と才蔵は、七福神などおめでたい言葉を節にのせて歌を歌うのですね。これは「今年一年、悪いことが起きませんように」と神に祈るのですね。歌だけでなく時に面白いことを言って楽しませるのですね。

万歳は神事の一種とされていますが、そんなに堅苦しいものではありませんでした。鼓を持ち面白いことを言うのが才蔵。つまりボケです。扇子を持った太夫がたしなめる、いわゆるツッコミ。そんな2人の掛け合いで笑わせます。笑う門には福来ると言ういう意味で、新年からわっはっはって笑えば、おめでたいですよね。それが昭和初期になり横山エンタツ・花菱(はなびし)アチャコという漫才コンビが、楽器を持たず、歌も歌わず、会話だけで笑わせる漫才をはじめたのです。それが今の漫才につながったのですね。





ルイ・ヴィトンのかばんが浮力があって、水に浮くって話を知ったのは「金田一少年の事件簿」。その話が本当かどうか、結論から言えば何とも言えません。

僕もユーチューブで、実際にルイ・ヴィトンのトランクが水に浮くかどうか実験する動画を探したのですが、全然見つかりません。ルイ・ヴィトンのトランクが高くて100万円近くするといいますし、あとでお話ししますが、現在販売されているトランクは水に浮かないそうです。


あくまで「金田一」に出てくる知識ですが、140年以上前、旅行の移動手段といえば、汽車か船がメインで、飛行機なんてなかった。それで、水難事件にそなえて、ルイ・ヴィトン社は、旅行トランクが水に浮くように設計したといいます。仮に船が転覆しても助かるように。昔は転覆事故が多かったといいますからね。ネットで調べると、タイタニック号の沈没の際、ルイ・ヴィトン製のトランクを持っていた乗客は助かったといいます。沈没から数十年後たって、沈んでいたヴィトンのトランクを引き上げたところ、引き上げ後に海に浮かんだ数々のトランクの中で、ヴィトン製のものだけが浸水がなかったため、トランクの中のものが一切濡れなかったとと。しかし、それはあくまでウワサ。下手すりゃ後世の作り話かもしれない。

ウワサとはいえ、ルイ・ヴィトンのトランクは水に浮くって話がマジかどうか別にして、ルイ・ヴィトンのトランクを欲しがる人がふえたのですね。実際、ルイ・ヴィトンのトランクは水に強く、傷がつきにくく、メンテナンスも手間がかからないという長所もあるのは事実なんですね。たいせつに扱えば大変長持ちするそうです。そして、21世紀初頭、顧客からの要望の多かった鞄の軽量化を名目に生地の製法を変更し、現在製造するトランクは浮かなくなったといわれております。だから、ルイ・ヴィトンのトランクが本当に水に浮いたかどうかは、なんともいえないのです。






1 グレムリンのモデルは日本人?
この間、Amazonのビデオで久々に「グレムリン」見ましたが、懐かしいですね。子供の頃に見た時は、怖いなって思ったけれど、大人になってみてみると、以前ほど怖いなって思わなくなった。「チャイルドプレイ」だとか「シャイニング」とか、「グレムリン」よりもっと怖いホラー映画やサスペンス映画を見慣れた後となると「グレムリン」が取り立てて怖いとは思わなくなったですね。むしろ、ちょっと怖いところもあるけれどコメディー色や風刺も込められた映画だなって。


さて、この映画に出てくるグレムリンという化け物のモデルが日本だと言われておりますが、僕は半分は当たっているかもしれないが、半分は違うと思います。

まず本題に入る前に、「グレムリン」のあらすじを。主人公ビリーの父親が、息子のビリーのためにチャイナタウンにある骨董品屋でモグアイという謎の小動物を買おうとします。この小動物は、けむくじゃらで耳が異様にデカく、猫のような猿のようなそんな生き物です。しかし、骨董屋の主人は売り物ではないといって拒否します。しかし、骨董屋は金に困っており、主人の孫がこっそり、ビリーの父にモグアイを売ってしまいます。主人には内緒で。

父からモグアイを渡されて、ビリーは大喜び。ビリーはそのモグアイに「ギズモ」って名前をつけます。意味は、新製品。生き物に製品って名前をつけるのも変な感じですが。そのモグアイを飼うのは大変難しく、三つの決まりを守らなくてはなりません。



  1. 水をかけてはダメ。数が増えるから。

  2. 光を当ててはダメ。苦手だから。特に日光を当てると死んでしまう。

  3. 深夜に食べ物を与えてはダメ。かわいらしいモグワイは、グロテスクなグレムリンになって狂暴化するから。これが一番守んなきゃいけない決まり




結局、ビリーたちは決まりを破り、モグアイの数も増やしてしまい、挙句に狂暴化させてしまい、人間に危害を与えるようになるのです。それはヒッチコックの「鳥」のように、人間を襲う生物がどんどん増えてくる怖さ。

2 双子の赤字に悩まされたアメリカと映画「グレムリン」
 で、映画にフッターマンというおじさんが出てきて、たびたび外国製の電化製品やら車を批判し、車は国産つまりアメリカ製に限ると言っているのですね。フッターマンは、かつては第二世界大戦の英雄だったが、現在は失業中という設定。この映画が上映されたのは1984年。当時のアメリカは双子の赤字に悩んでいたのです。双子の赤字とは、



  • 貿易赤字

  • 財政赤字


ベトナム戦争で莫大なお金を使った挙句に、1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻。米ソ間の軍事的緊張が高まっている状況。軍備にかけるお金がばんばん膨らみ財政的に苦しくなる一方。だから、当時のアメリカは今の日本のような雰囲気で、国民も自信を失っていたのですね。そんな状況だから、ギズモもアメリカの国旗を好み、おまわりさんから「アメリカびいきなんだな」って言われる場面が出てくるのです。国民が自信を失っているいまこそ愛国心を持とうって動きが当時のアメリカにあったのでしょうね。かたや、日本は莫大な貿易黒字だったのです、それは二つの理由からです。

  • 安くて省エネで品質の良い電化製品や車を作ることができた

  • 専守防衛で防衛費よりも経済発展にお金をかけることができた



日本は70年代の石油危機を省エネ技術や太陽光発電などの技術革新で乗り越えたのです。この結果、燃費に優れた日本製の車や、信頼性の高い日本製の電気製品が世界を圧巻したのですね。また、日本は防衛費に金をかけることもなかったし、ベトナム戦争の時、アメリカは日本に派兵要請をしたものの、憲法9条を盾にそれを拒むことができた。それで、1981年の日本のGN Pは世界の10%を占めるほど。しかし、こうした経済の発展はアメリカの強い反発を生むのですね。日米の貿易摩擦です。日本の輸出攻勢はアメリカの産業に大打撃を与えるのです。

アメリカの自動車業界では30万人もの労働者が解雇され、日本車の非売運動まで発展します。「グレムリン」のフッターマンもそうした状況で工場を解雇され、外国産とくに日本産の電化製品には嫌悪感を抱いていたのですね。


3 プラザ合意
そして、アメリカは双子の赤字状況を脱却すべく、1985年にプラザ合意を行いました。これは日本や西ドイツ、イギリスいった国々の首脳をアメリカのプラザホテルに集め、アメリカのドルの価格の是正を求めたものですが、槍玉に上がったのが日本との間の貿易赤字。

結局、日本の車や家電商品が安いから売れるわけで、ドルの価格が下がり、いわゆる円高ドル安状況になれば、日本の車や家電商品が高くなる、それで日本製のものが売れなくなるのです。円高ドル安って言われてもわかりにくいですが、これはアメリカ人の立場から見て、円の価格が高く、ドルの価格が安くなったという状況。円、つまり日本のお金の値打ちが高くなれば、日本製そのものの値段も上がってしまうってことですね。

そうなると、困るのは日本。車や電気製品がアメリカで売れなくなったのです。円高になると、輸出に頼っている日本は困ってしまうのです。それで好景気に沸いた日本も円高不況になってしまい、日本の工場が海外に出て行ってしまったりといろいろ大変なことになって、それからバブル経済に突入するのですが、それ以降の話はまた別の機会に。

グレムリンが上映された1984年はプラザ合意の一年前ですね。グレムリンの映画に出てくる、グレムリンの正体は日本じゃないかとも言われておりますが、確かに当時のアメリカ人にとって、当時の日本人は小憎たらしい悪魔のような存在かもしれない。しかも80年代といえば、先の戦争から40年しか経っておらず、日米両国、お互いに戦争の記憶も残っている状況。両国の指導者たちも戦争を知っている世代。

4 グレムリンは自然の摂理を守れというメッセージ
でも、グレムリンは知日派のスピルバーグも関わっているし、この映画のダンテ監督も日米の対立とか、そうした話を盛り込みつつも、自然への畏怖を忘れ、お金儲けに走る人間への警告をしたかったのかもしれない。映画でも、骨董屋の主人が、「人間は愚かで自然の摂理を踏みにじってまで、幸せを得ようとする」と非難しています。実際、アメリカでも環境問題に関心を持つ人が増えたのですね。温暖化、それからフロンガスによるオゾン層破壊が問題になったのもちょうどこの頃。

また、1990年に「グレムリン2」が上映されます。2の方がコメディ色が強く、マネーゲームに走り過ぎて、人間としての情だとか、自然への畏敬を忘れてしまったことへの批判が1よりも込められておりました。

グレムリン2には遺伝子をいじくって新しい生物を作り出す研究所が出てくるのですね。ちなみに「グレムリン」は小説にもなっているのですが、そこではモグワイは科学が発展した星で科学者が人工的に作り出した生物だという設定なんですね。それで科学者がモグワイを地球に送り込んだって話。ここでも自然の摂理を忘れた人間への批判が込められております。

そして、守銭奴の象徴が、2に出てくるクランプという富豪。クランプはニューヨークの王者と呼ばれる人物で、不動産を中心にアメリカの経済を動かすほどの人物ですが、一方で偏屈で人間性に欠けている面もあった。クランプは土地の買い取りを先の骨董屋に持ち掛けますが、骨董屋はクランプをアホ呼ばわりして、それを拒みます。もっともグレムリン騒動で彼もラストでよい人間になるのですが。

そのクランプのモデルが、トランプ元大統領。トランプは日本では、大統領になるまで、それほど知られた人物ではなかったのですが、アメリカではこの頃からすでに有名人で、評判もあまり良くなかった。「バックトゥザフューチャー」に出てくる悪役のビフもトランプがモデルだと言いますし。横暴でモラルに欠ける人間とみなされた人物がのちにアメリカの大統領になるとは。いろいろ考えさせられます。











松本人志が性的暴力行為が暴露されましたねえ。今まで松本を天才と持ち上げた人たちも手のひらを返すように非難している様子、僕は滑稽で仕方がないですね。僕は正直、松本人志というかダウンタウンが人気絶頂の頃から好きじゃなかった。学生時代、「ごっつええ感じ」が人気だったけれど、正直見る気がしなかった。強いものが弱いものをいじめる芸風がどうも好きになれなかった。というか、弱い者いじめ芸って松本人志の専売特許じゃないですよね?とんねるずとかビートたけしもそんな感じだった。他にも、弱いものイジメ芸をやっている芸人いるようです。

子どもの頃、「風雲たけし城」や「お笑いウルトラクイズ」をゲラゲラ笑ってみていました。あの時は分別もなかったし。今改めてYouTubeなどでそれらを見ると、たけしの弟子に対する扱いが弱いものイジメに近くてね。嫌な気分です。マスコミが松本人志ひとりを叩いて、その根本にある問題から目をそむけようという姿勢に納得できません。

それと松本人志がいじめを広めたなんて言い方をするジャーナリストもいるようですが僕は逆だと思う。学校や会社でイジメが横行する社会だからこそ、松本というか、80年代、90年代のいじめ芸が受け入れられたのだと。

ダウンタウンがまだ新人でライト兄弟という名前のコンビだった頃、横山やすしが司会のお笑い番組に出演した、そこで、当時問題になっていた家庭内暴力を肯定するかのような漫才をやって、横山やすしに叱られていたっけ。良い漫才と悪い漫才があって、君たちがやっている漫才は悪い漫才だと。当時、子供たちの暴力に悩み、親たちが震えていた家庭が少なくなかったのですね。そんな状況で、家庭内暴力を肯定するのは良くないと。もっとも、横山やすしも弟子に対して凄まじい暴力ふるっていたというから、暴力反対と言うなら人のこと言えないよねって思うのですが。

それはともかく、家庭内暴力が静まったかと思えば、1980年代半ば頃から、学校のいじめが社会問題になってきたのですね。葬式ごっこなんてのもありました。そして、近年ではパワハラや職場のいじめがだんだん問題になってきていると。

僕の学生時代の恩師が良く言っていました。

「いじめられる人間にも原因はあるかもしれないが、だからと言っていじめは良くない、人をいじめる人間はもっと悪い。人をいじめて良い理由なんて全くない」

もし、僕の恩師のような考え方の大人ばかりだったら、ダウンタウンとか他の芸人たちもすぐに人気を失い、あっという間に色物芸人扱いになっていたと思います。彼らの芸風が受け入れられた土壌と言うのが、失われた30年の日本にあったのかなあって。



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