History日誌

へっぽこ歴史好き男子が、日本史、世界史を中心にいろいろ語ります。コミュ障かつメンタル強くないので、お手柔らかにお願いいたします。一応歴史検定二級持ってます(日本史)

タグ:李登輝

1 クリスチャンだった李登輝
 まだまだコロナが治まりそうもありません。昨年は台湾の偉大な政治家李登輝氏が亡くなった年でもありました。彼は台湾の民主化を進めた政治家として名高い人物で、日本ともかかわりの大きい人でありました。僕も彼の本は何冊か読んだことがあります。

李登輝元総統はたびたび日本に訪れました。総統退任後は持病の治療や講演、観光などの目的で計9回、日本に足を運んだといいます。特に2000年の訪日には中国から「李登輝を日本に入国させるな」という圧力があったそうですが、時の総理の森喜朗元総理がビザを発行したのですね。昨年の李登輝氏の葬儀にも森元総理も駆けつけました。

李登輝は政治家でありますが、クリスチャンでもありました。彼のバックボーンにはキリスト教という信仰があったのです。彼が台湾省主席だったころ、東海大学(日本の東海大学とは別)で講演した内容をご紹介します。

「「私はキリスト教徒であります。個人的体験から見て聖書のなかの最も偉大な一字こそ「愛」であると思うのです。コリント前書第13章では、「愛」についての解釈は最も詳しく、そのなかで「愛は寛容であり・・・愛は誇らない、高ぶらない、無作法をしない、自分の利益を求めない、愛はいつまでも絶えることがない」




2 農業博士だった李登輝
 さて、今年もコロナで大変な年になりました。僕も他人事ではありまえん。もしかしたら自分も感染しているんじゃないかくらいの気持ちを持ったほうが良いのかもしれません。

僕は医学的なことは全く分かりませんが、健康の基本は食だと思うんです。食といえば、李登輝も「食」に関しては大変熱心な取り組みをしました。李登輝は政治家であると同時に農業学者という顔も持っておりました。彼は反中国のプロパガンダ的存在のように思われがちですが、むしろ政治家というより優れた学識の持ち主といったほうが近いと思います。


李登輝氏が総統になって真っ先に取り組んだのは疲弊した農業をどう立て直すかでした。年1回しか収穫できないサトウキビに代わり、園芸作物や熱帯果樹、畜産に舵を切ったといいます。

畜産では台湾牛生産のためにサトウキビ畑を牧草地に切り替え、30万頭の養豚にも取り組みました。熱帯果樹では、八重山はマンゴーやレンブ、釈迦頭などの栽培に成功し、李氏の農業改革の恩恵を存分に受けたといいます。

また、李登輝はダムをつくって農業の生産量を上げたりしておりました。

 

3 抑えつけるのが権力の維持だという思い違い

李登輝は沖縄にも訪れましたが、その時このような話を述べたといいます。

「サトウキビは途上国や植民地に見られるプランテーション型の作物です。権力者は、民が貧しい方が治めやすい。抑えつけているのが権力の維持だと思い違いしている人が、今の政治家には多いです。思うに、サトウキビで豊かになった国は一国もないです。サトウキビは全世界で1億5千万点源困気譟⊂暖颪22%、78%が余剰なんです」

サトウキビの知識だけでなく、その歴史的背景までパッと出るところ当たり、李登輝の学識に驚かされます。

かつて琉球王国も島津藩からサトウキビから得られる収入を搾取されておりましたし、アメリカの黒人奴隷の話をみてもそれは明らかです。黒人にサトウキビ労働でこき使い、そうして得た収入を白人は搾取していたのですね。

民が貧しいほうが治めやすいというのは言えてると思います。一概に言えませんが、独裁者がいつまでも権力を握っている国は貧しい国が多いです。北朝鮮しかり、かつての中国もそうでした。毛沢東が権力を握っていたころの中国は本当に国民が貧しかったし、今は経済成長が著しいですが、その一方で貧富の差も激しい。

また、抑えつければ権力が維持できるわけではないのです。むしろ、抑えようとすればするほど、それに反発する動きがでてきて、下手すれば独裁者を倒す動きにまで発展する。台湾も長く戒厳令が敷かれておりました。 普通戒厳令とは、震災とか特別な時に一時行われるものですが、台湾のように長く行われたのは歴史上ないそうです。戒厳令が敷かれた台湾では、中華民国の秘密警察が、人を密告が奨励され、密告をしなかったものも逮捕されたというヒドイ時代でした。そんなんだから、台湾でも激しい民主化運動がおこりました。そうした民主化運動の積み重ねが李登輝総統の誕生につながったし、中国でも度々民主化運動が起こっております。昨年、香港で民主運動家が逮捕されましたっけ。

「ドラえもん」にもそういう話が出てくるのですね。のび太がドラえもんの道具を使って「のび太王国」という国をつくるのですね。のび太はロボットの警察を操って、ドラえもんやジャイアンや出木杉など仲間を監視したり、こき使ったりしてきたが、怒ったドラえもんが反乱を起こしたという話。



4 後藤新平
 李登輝がここまで農業に関心をもったのは、日本での留学経験が大きいといわれております。李登輝は農業経済の専門家、新渡戸稲造を尊敬していたので、新渡戸が教えていた京大に進学したとも言われております。李登輝は新渡戸稲造と後藤新平の影響を受けたといいます。

後藤新平の話も出たので、後藤の話もちょっとさせていただきます。(新渡戸と李登輝の関係はまた別の機会に触れます)。後藤新平は医者だったこともあり、台湾の衛生問題に取り組み、当時台湾で流行っていたコレラの対策にもずいぶん取り組んだといいます。

予防接種を義務化し、上下水道の敷設を行い、伝染病の予防に寄与しました。衛生状況が悪かったので、後藤は衛生問題にとりくんだのですね。今日のコロナも清潔にすることが大事だといわれておりますしね。また、後藤は教育の充実を図り、医学校の創設も行い医療レベルを飛躍的に向上させたといいます。

李登輝が後藤新平から学んだことは、「人民が何を欲しているか」です。後藤は医者だったからこそ、生物学的に人民が何を欲しているかを知ろうとし、そのためには何をすべきかを考え、必要に応じて自分で法律を作ったりしたといいます。



https://hubokinawa.jp/archives/1347(参考サイト)

指導者とは何か (PHP文庫)
李 登輝
PHP研究所
2015-06-05

(参考文献) 


1 台湾の外交官・林金茎(りん きんけい)
 林金茎(りん きんけい)という台湾たいわん生まれの外交官(日本人相手の通訳)がおりまして、彼は蒋介石(しょうかいせき)に認められ、蒋介石、蒋経国(しょうけいこく)、李登輝(りとうき)と三人の総統に仕えた人物だそうです。

林は日本統治時代の台湾を知っている人物で、日本の統治を何もかも悪い時代だったと決め付ける事には賛同しかねると言ったそうです。


2 林が語る蒋介石(しょうかいせき)

 彼が始めに仕えた蒋介石の事は、こわい人のイメージがありましたが、意外と人に気をくばる一面もあったそうです。日本に留学していた経験から、日本語もかなり理解していました。だから、通訳への要求も高く、林の同僚どうりょうから「もし、まちがった通訳をしたら、その場でしかられるぞ」と忠告を受けたとか。

また蒋介石は日本人と会うときは本当にうれしそうで、欧米人おうべいじんのエライ人たちと話をする時とは表情がちがっていたとも語っています。蒋介石は、日本の保守系言論人が言うような、反日一辺倒ではなかったようです。

それどころか、蒋介石は本当は日本が好きだったようです。もちろん、日本の軍国主義者には敵対していましたが、「日本は私の故郷こきょうである」とまで言ったとか。






それから、林は「蒋介石を悪く言う人もいるが、良くも悪くも蒋介石総統そうとうの時代があったから、今日の台湾があった」とも語っています。

蒋介石は、二・二八事件に代表される恐怖政治きょうふせいじや映画の『宋家そうけの三姉妹』のイメージの通り、乱暴らんぼうでガラの悪い人物のイメージがあっただけに意外に思われました。


※ 二・二八事件 本省人(昔からの台湾人)と外省人(大陸からやってきた中国人。国民党)との大規模な争い。国民党による大虐殺事件。



https://www.youtube.com/watch?v=8VC23Zvg1ZM
(二・二八事件の動画)

宋家の三姉妹 [DVD]
マギー・チャン
ポニーキャニオン
2004-01-21





3 林が語る蒋経国(しょうけいこく)

 蒋介石の息子の蒋経国は、日本の時事問題にもくわしかったし、田中角栄が書いた『日本列島改造論』も読んだことがあったそうです。

人となりは仕事にはめっぽう厳しいコワいおに上司だったそうです。だが、その一方で、「その顔色はどうしたのですか、一刻も早く検査を受けなさい、今日は家に帰って休みなさい」と部下にやさしい言葉もかけたといわれています。

また、蒋経国は戒厳令かいげんれいを1987年にやめて、30数年にわたって続いた政党結成とメディアへの規制をやめました。党大会や国民向けの声明では蒋一族の世襲せしゅうの否定や、「私も台湾人である」と宣言したそうです。

もちろん、蒋経国が戒厳令をやめ、民主化への道をすすめたのは、台湾の民主運動家のはたらきがありました。


4 林が語る李登輝(りとうき)

 李登輝は植民地時代に、日本語の教育を受けていたから日本人と会うときもほとんど通訳は必要なかったそうです。林は李登輝の事を博識はくしきで、気さくな人だと評しています。

ただ、今の日本人(特に保守派)が李登輝を神様のように持ち上げている事に関しては、やや冷めた目で見ているようです。台湾たいわんは大変複雑な社会で、変化も激しい。だれか一人が台湾を代表するなんてありえない」と。



もちろん、李登輝は政治家でありながら文学者のにおいがする大人物であることはいうまでもありません。僕も李登輝と司馬遼太郎の対談本も読んだことがありますが、李登輝の見識や人間の器の大きさにおどろいたし、「ああ、こういう人が日本の政治家にいたらなあ」ってマジで思いました。李登輝が、単なる反中のイデオローグに治まるような小さい人物とは思えません。


また、林は台湾の民主化を推し進めた事や自分を駐日大使ちゅうにちたいし抜擢ばってきしてくれた事は心から感謝しているようです。


5 リーダーの才覚


 林金茎(りん きんけい)とこの『日中台 えざるきずな』の著者とのやりとり(インタビュー)をしているところの文章を読んでみて、この世には100%悪人もいなければ、その逆もいないということを改めて思いました。また、台湾の総統だった3人の個性が垣間かいま見れて面白かったです。




※ 参考文献および参考サイト
http://www.geocities.jp/pilgrim_reader/japan/taiwan_1.html


日・中・台 視えざる絆―中国首脳通訳のみた外交秘録
日・中・台 視えざる絆―中国首脳通訳のみた外交秘録
クチコミを見る

このページのトップヘ