History日誌

へっぽこ歴史好き男子が、日本史、世界史を中心にいろいろ語ります。コミュ障かつメンタル強くないので、お手柔らかにお願いいたします。一応歴史検定二級持ってます(日本史)

カテゴリ: テレビの話

YouTubeで「愛の貧乏大作戦」の動画が上がっているので、久々に見ております。本放送は1998年から2002年ごろまでテレ東系で放送されました。司会はみのもんたさんで、商売がうまくいかず借金だらけで困っているお店の店主を有名店に修行(主に飲食店)させるというもの。しかも、お店のリフォームは番組の制作費から出されるというから、なんともサービスが良い。

大抵の店主は、修行をするものの、その後はうまくいかず店をたたんでしまうのですが、一部の店主は成功を収めている店もあるのですね。例えば茨城県にある「ペンギン」というハンバーグ店は凄くて、バスツアーも組まれるほどの人気店です。

僕がリアルタイムで見た時は学生でした。その時は「社会は厳しいんだな」って思ったのですが、今改めて見ていると、本当に見ていられないのですね。店主がかわいそうで。中には本当に、どうしようもない、フォローもできない人もいるのですが、正直、発達障害じゃないかって思われる店主も結構多いのです。達人から、「お前、人の話を聞け!」とか「真剣にやれ!」って店主が怒られるシーンは番組でもおなじみなのですが、店主は、例外もいるが真面目にやっているのですね。発達障害は、人の話が聞けないのではなく、仕事に集中するあまりに話が聞けない、あるいは集中できないってケースが多いのです。いつの回か忘れましたが、店主は頑張っているんだけれど、達人の教えてもらっていることを頭ではわかっても、体がついていけない、その悔しさや辛さのあまり泣き出すシーンがありましたっけ。本人がいくら頑張っても、側から見ると、怠けているとか、やる気がないとしか見なされない。それが発達障害の人の辛さなのですよね。発達障害の人は見た目では、そうしたハンディがあることがわからないから、なおさら辛いと思う。

達人だけでなく、YouTubeに上がっている「愛の貧乏」の動画のコメント欄を見ても、店主はクズだとか、辛辣な意見ばかり。確かに、人間的に問題な人もいるが、大抵の店主は根は真面目なのだと僕は思う。ただ、向いてないだけだと思う。実際、発達障害の人は飲食業という職業は合っていないそうです。それに、やっている側からガーガー言われてパニクって、できる仕事も萎縮してできないってことも発達障害の人には非常に、あるあるなんですよね。健常者の方には、その辺の辛さってなかなか伝わりにくいのですが。


僕は人が怒られるシーンは好きじゃないので、リアルタイムで見た時も、あんまり良い感じがしなかったのですが、今改めて見ると、まるで発達障害の人を見せものにしているようで、なおさら見ていられないのですね。まして、「愛の貧乏」をリアルタイムで放送していた時代は、発達障害なんて世に広まっていなかった時代ですからね。(今でさえ、理解できない人が少なくないのに)

確かに、自営業だと、時間も自由だし、嫌な上司もいないから楽といえば楽なのですが、甘い考えでやっていたら潰れてしまいます。だからこそ真剣にやりなさいと達人たちが叱っているのは、理解できるのですね。実際、せっかく修行したのに、つぶれた店も多い。まして飲食業界は競争も激しく、大手や有名店でさえ潰れることだってあるから、生半可な気持ちでは店を維持できないと思う。

でも、本当に人格的に素晴らしいなって思う方もいらっしゃる一方で、商売のセンスや料理の腕はともかく人間的には❓って人もいましたっけ。テレビを見た人は、達人のことを「厳しいけれど、いい人だ」とか絶賛の嵐。でも、達人からしたら、大々的に自分の店を宣伝してもらえるのだから有難い話なんですよね。番組をやっていた当時でも、達人の店はますます栄え、店主たちは逆に置いてけぼりにされているって批判がありましたっけ。また、その達人のパワハラまがいな行動も実は番組側が仕込んだのではないかってウワサも聞いております。本来、達人は温厚な人で頭ごなしに怒鳴るような人ではないって話も聞いておりますし。


最近「愛の貧乏」の裏話みたいな動画もYouTubeに上がっておりますが、結構、画面には映らないところで、いろいろ裏があるんだなって。例えば、ある店主は達人に悪態をついていたのですが、その店主の家族が、実は店主は夜も寝ないで修行をしていたということを動画の中で話されていたのですね。テレビを見る限りでは店主がクズにしか見えないけれど、事実を知ると、店主が悪態をつきたくなるのもわからんでもない。

それと、この番組を改めて見ると、番組側の悪意を感じます。何年も板前経験のある優れた店主の作った料理も見るからに美味しそうなのに、ナレーションで「なんのひねりもない料理」と印象操作するあたりもヒデエなって。その店主が改めるとしたら接客態度くらいで、あとは店の立地だと思うのですが、そこまで言うかって思いましたもん。

この番組は、社会の厳しさを知る上で良い番組だといことで、学校の道徳の授業でも、生徒たちに見せていたという話も聞いたことがあります。が、裏を知れば知るほど、それも複雑。僕はある方から、世の中は半分が事実で、半分は嘘で成り立っていると言われたことがありますが、その通りだなって。



3月14日の今日は松の廊下刃傷事件があった日です。浅野内匠頭が吉良上野介に松の廊下で斬りつけた事件です。「忠臣蔵」は歌舞伎でも取り上げられ、戦後になってから何度もドラマ化されました。

NHKの大河ドラマで「忠臣蔵」が扱われたのは4回です。1回目は1964年(昭和39)の「赤穂浪士」。2回目は1975年(昭和50)の「元禄太平記」、3回目は1982年(昭和57)の「峠の群像」、4回目は1999年の「元禄繚乱」(平成11)です。ちなみに、1995年(平成7)の「吉宗」にもちらっと忠臣蔵の話が出てきます。

1964年の「赤穂浪士」のテーマ曲はとても有名で、あの曲を聴くと「ああ、忠臣蔵だ」って思いますものね。大石内蔵助を演じられたのは長谷川一夫さん。吉良上野介を演じたのが滝沢修さん。長谷川さんを筆頭に豪華キャストをそろえたことは、当時の芸能マスコミやテレビ・映画業界からは「受信料でスターを集めた」というバッシングの対象にもなったそうですが、この「赤穂浪士」は高い視聴率により大きなダメージには至らなかったそうです。その視聴率というのが、優に30%を超え、浪士の討入りが放送された回には視聴率53.0%という大河ドラマ史上最高視聴率記録をも打ち立てたのですね。

1975年の「元禄太平記」は大石内蔵助が主人公ではなく、柳沢吉保が主人公。柳沢吉保視点で見た忠臣蔵という位置付けです。「忠臣蔵」では大石が討ち入りの際、山鹿流陣太鼓を叩くシーンが出てきますが、史実では太鼓なんて叩かないのですね。それで、本作品の討ち入りシーンでは陣太鼓が使われていません。柳沢吉保を石坂浩二さんが、内蔵助を江守徹さん、吉良を小沢栄太郎さんが演じられました。「元禄太平記」は実際に討ち入りがあった12月14日に、討ち入りの回をやったことでも話題になりました。

1982年の「峠の群像」は原作者の堺屋太一さんの観点を軸に、赤穂事件を現代的に描いたドラマです。赤穂藩断絶を現代の企業倒産になぞらえ、サラリーマンつまり赤穂の藩士たちがいかに行動したかを再考する作品となっております。内蔵助を緒形拳さん、吉良をなんと伊丹十三さんが演じられております。伊丹さんといえば「マルサの女」とか「ミンボーの女」とか映画監督のイメージが強いのですが、本職は俳優さんです。

1999年の「元禄繚乱」では内蔵助を中村勘三郎(当時は中村勘九郎)さんが、吉良を石坂浩二さんが演じられました。特に万年青年のイメージがある石坂さんが吉良をやるのも驚きだなって。「元禄繚乱」はリアルタイムで見てましたが、赤穂浪士というより、元禄という時代、徳川綱吉の治世にスポットを当てた内容でした。所々にコミカルなシーンがあって、ある意味異色作だなって思いました。「忠臣蔵」はどちらかというとシリアスな展開ですから。

最近の大河は戦国か幕末ばかりなので、そろそろ江戸時代もやってほしいなって。

1 最近、「忠臣蔵」をやらなくなった理由
 最近、「忠臣蔵チュウシングラ」のドラマ化されませんね。僕が学生この頃は毎年、12月になると「忠臣蔵」のドラマをどこかしらで放送していたのですね。それが最近はパタリ。最近、映画で「決算忠臣蔵」をやったのですが、それくらいですかね。でも、CSの時代劇チャンネルとかをみていると「忠臣蔵」のドラマ(再放送)や映画をやっております。テレビではともかく歌舞伎カブキでは「仮名手本忠臣蔵カナデホンチュウシングラ」という題で、今でも上演しております。ただコロナ禍で、なかなか上演が厳しい状況みたいですが。ともあれ、今も「忠臣蔵」は人気があります。毎年、12月15日に泉岳寺に行くと、参拝客がいっぱいで、おハカにささげる線香センコウけむりがすごくて、目が痛くなるくらい。

それにしても、「忠臣蔵」のドラマをやらなくなったのはなぜでしょう?理由がネットに載っていて、謎が全て解けました。


その理由はとてもシンプル。お金がかかるから。

セットもお金がかかるし、とにかく人数が必要ですからね。あの広い吉良邸キラテイのセットを作るだけでも、お金がかかりそうですし。吉良邸だけでなく、松の廊下とかのセットとか、大石内蔵助オオシクラノスケが遊んだ祇園ギオン遊郭ユウカク、それから東下りで内蔵助が 瑤泉院 ヨウゼンインの屋敷も必要ですしね。戦国時代なら、見せ場が合戦なので屋外が多いですが、「忠臣蔵」の見せ場は屋内が多いです。

また出演者もやたら多いのも「忠臣蔵」です。四十七士もそうですが、浅野内匠頭アサノタクミノカミ、瑤泉院ほか赤穂方アコウガタ、徳川綱吉や柳沢吉保ヤナギサワヨシヤスら幕府側、吉良方、上杉方などたくさん出てきます。キャストの数も多くなるのも「忠臣蔵」の特徴です。俳優さんをたくさん集めるのですから、それなりの政治力も必要です。特にこれまでの「忠臣蔵」のドラマのキャスティングを見ても、本当に豪華キャストですからね。例えば、これまで大石内蔵助役を演じたのは、松本幸四郎さんとか、松平健さんとか、仲代達矢さんとか、この間お亡くなりになられた中村吉右衛門さんとか、そうそうたるメンバー。脇を固める俳優さんもこれまた豪華。ギャラも相当でしょう。

それでなくても時代劇はお金がかかるのに、「忠臣蔵」はとりわけかかるそうです。「忠臣蔵」のドラマを作ること自体が一つのプロジェクトですね。かつては「忠臣蔵」のドラマを作ることがテレビ局のステータスみたいなものでした。それが、テレビ局も今はあんまり予算がないから、作りたくても作れないのですね。


2 愛国心が薄れたからではない

 よく、ネットでは「最近の日本人は愛国心を失ったから『忠臣蔵』が作れなくなった」とか「義理人情や忠義心が薄れたことの象徴だ」なんてコメントも見かけますが、とんでもない間違いです。

そりゃ確かに戦後間もない頃は、「忠臣蔵」の歌舞伎の上演やテレビがGHQから禁じられたことがありました。当時、軍国主義に関する本や芝居などが弾圧されたのですが、特に「忠臣蔵」は、その浪士たちの忠義心が非常に危険視されたのですね。軍国主義につながると。しかし、「忠臣蔵」の人気は高く「忠臣蔵」をみたいという意見も少なくなかったのです。そして、昭和22年(1947年)7月その禁は解かれ、同年11月には空襲の難を逃れていた東京劇場で『仮名手本忠臣蔵』は上演されました。

最も、GHQの肩を持つわけじゃないが、忠義心も一歩間違えると危険な面もあるのですね。主君が英明で常に正しい判断ができるなら良いが、暗君に忠誠を尽くすにはかえって武士道に反する。たとえば、『天空の城ラピュタ』に出てくるムスカのような人物に忠義を尽くすのが良いことかどうか。本来の忠誠心は、盲目的モウモクテキに主君に従うのではなく、主君に時に厳しい意見を言うのも忠義だと思います。

実際に、討ち入りだの忠誠心だのを手放しでマンセーするのは危険じゃないかって意見は江戸時代にもあったようですね。明治の頃には、この事件を検証しようという動きがあったそうです。

戦時中でさえ、軍部当局で、赤穂浪士の仇討ちは一封建的領主に対する忠義すなわち「小義」であり、日本古来の皇室に対する忠義である「大義」とは異なるものなので、これを推奨スイショウするのは好ましくないという意見が出てきて、国定歴史教科書でも赤穂事件の記述は縮小されたそうですが。おそらく、昭和に入って、5・15事件とかの2・26事件とかクーデーターが起こったり、要人が暗殺される事件が度々起こったので、そういうことをいいだしたのかもしれない。

しかし、それでも庶民の間では赤穂浪士に肩入れする人がおおかったのですね。

3 上杉家の子孫たちの思い
 いづれにせよ、赤穂浪士の検証もまともにできないまま、吉良の子孫たちも、後ろ指を刺されながらも耐えに耐えてきたそうです。

え?吉良に子孫がいるの?って意見が聞こえそうですが、もちろんいらっしゃいます。吉良家は確かに断絶しましたが、吉良上野介の息子が上杉家に養子に入った上杉憲綱ウエスギノリツナ

ちなみに、名君で有名な上杉鷹山も吉良の血が入っているのですね。そして現在の上杉家の当主が、宇宙工学者で「はやぶさ」のプロジェクトでも指揮をとられた上杉邦憲博士。上杉さんは、「忠臣蔵」では吉良上野介が一方的に悪者になっていることに疑問を抱かれておりまして、ご専門の宇宙のお話だけでなく、吉良にまつわる講演もたびたびされております。邦憲さんは討ち入りを「テロそのもの」と断じております。赤穂浪士は完全武装しているが、吉良はほとんど丸腰、しかも浪士が吉良邸を襲ったのは夜中というので。

もちろん、当時の価値観と今の価値観は違うので、現代の価値観でもって、赤穂浪士をテロ集団だと断じるのも難しい側面もあります。昔は喧嘩両成敗ケンカリョウセイバイで、吉良にも原因があると。切った方も悪いが、切られた側にも原因があるという考え方でしょう。

いづれにせよ、吉良義周キラヨシチカ処遇しょぐうはひどいなと。義周は、罪人として、鳥かごに入れられて信州に運ばれたのです。当時17歳で、病気になって20歳で亡くなったのですから。何も悪いことをしていないのに、かわいそうだなって。

ちょっと前までは、赤穂浪士に肩入れする意見が根強く吉良の方が一方的に悪者でした。それが最近は風向きが変わり、むしろ浅野の方にも落ち度があるという意見も出てきております。時代は本当に変わったなあって。「忠臣蔵」をやりづらくなったのは、予算が最大の理由だが、吉良側のいい分が認められるようになったこともあると思う。一度、吉良や上杉家の立場から描いた映画やドラマを作るのも良いのではないかって思います。










1 おんな太閤記
 橋田壽賀子さんは昨年の4月4日にお亡くなりになられました。早いもんですね。もうすぐ一年たつのですね。橋田壽賀子さんは、「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」をはじめ数多くのドラマ脚本を書かれました。特に「おしん」が叩き出した62・9という視聴率はいまだに破られていない記録です。しかも、近年NHK・BSプレミアムで「おしん」を再放送したら、リアルでは知らない若い世代にも支持されました。Twitterには「おしんチャレンジ」のタグがつき、トレンドに何度も入ったとか。良いドラマというのはいつの時代にも支持されるのだなって。

NHKの博物館で、橋田壽賀子さん直筆の脚本も展示されていたのですが、びっくりするくらい達筆。綺麗な字でした。橋田さんのドラマの特徴といえば、セリフの長さ。セリフを覚えるのが大変で、俳優さんたちは苦労しますが、見ている方にとっては、ストーリーがわかりやすいのですね。あと、橋田さんのドラマのナレーターのセリフに「〜であった。が、〜」という具合に「。が、」という言い回しがよく出てきます。これも橋田ドラマならではの言い回しです。橋田さんのドラマのナレーターといえば奈良岡朋子さんを僕は連想しますが、「おんな太閤記」ではNHKの山田誠浩アナウンサーがナレーターをされていました。

さて、今年の4月3日に橋田壽賀子さん脚本の「おんな太閤記」がNHK・BSプレミアムにて再放送されます。「おんな太閤記」は、1981年(昭和56)に放送されましたが、主演の、ねね役を佐久間良子さん、豊臣秀吉役を西田敏行さんが演じられました。僕は豊臣秀吉といえば竹中直人さんをすぐ連想してしまうしw、西田さんといえば浜崎伝助もそうですが、西郷隆盛のイメージがあるので。西田さんは、あんまり秀吉のイメージがないのですが、いざドラマを見てみると結構、西田さんは秀吉役も合うなって。ねね役を演じれた佐久間良子さんは淑やかなイメージがありますが、実生活では「ひょうきん」な性格だそうです。その佐久間さんに人柄のよい西田と「コンビを組んだら面白い」という点でNHK側がキャスティングしたそうです。実際、お二人はとても息がピッタリで、本当の夫婦のようでした。

「おんな太閤記」には泉ピン子さんや赤木春恵さん、中村雅俊さん、ガッツ石松さんetc「おしん」にもご出演されている方々も結構多いのですね。おそらく「おんな太閤記」の成功が、「おしん」にもつながったのかなって。「おんな太閤記」も平均視聴率31.8%で、最高視聴率36.8%を記録したといいますからね。戦国ファンの男性のみならず、主婦層の支持も得たことが大きかったようです。西田さん演じる秀吉が、ねねのことを「おかか」って言っていましたが、この「おかか」はこの年の流行語にもなりました。

大河ドラマの戦国ものと言ったら、合戦のシーンがつきものですが、「おんな太閤記」には合戦のシーンよりも家庭の場面が多く、いわば戦国ホームドラマのような感じなんですね。普通なら単調でつまらない話になりそうですが、それでも面白いと思わせるのは橋田さんの脚本の力と、出演者の演技力だと思います。

「おんな太閤記」を企画したプロデューサーは「おんな、子供でも平和に暮らせる社会を作りたい」と反戦をテーマに打ち出したのです。そして脚本を書いた橋田さんもプロデューサーに共感したそうです。橋田さんは戦争を体験しているので、戦争の辛さをよく知っているのですね。反戦のテーマは1989年(平成元)の「春日局」でも貫かれております。

2 いのち
 橋田さんが大河ドラマの脚本を再び書いたのは1986年(昭和61)。題は「いのち」。三田佳子さん演じる女医が主人公で、青森(弘前)と東京を舞台に戦後の日本を描いた作品です。 この作品だけでなくNHKは大河で現代ものを取り扱っていた時期があったのですね(※1)。1984年(昭和59年)の「山河燃ゆ」、1985年(昭和60年)の「春の波濤」。どちらも低視聴率でした。ヒットメーカーの橋田さんに白羽の矢が立ったのでしょう。はじめNHKは司馬遼太郎原作の明治ものに橋田さんが脚色をしてほしいと依頼したのです。それを橋田さんは難色を示したのですね。で、橋田さんがオリジナル作品を書きたいということで、この作品が生まれたのです。「いのち」は長い大河ドラマの歴史の中で、最も新しい時代を取り扱っております(2022年1月現在)。大河としては異色の作品ですが、視聴率も平均視聴率は29.3%、最高視聴率は36.7%と上々でした。

さて、現代物って本当に難しいのですね。事実、「山河燃ゆ」は、ドラマのモデルと思われる人物の家族からクレームが来たそうです。戦国時代とか幕末だとかだったら、その時代を知らない人の方が圧倒的に多いから、多少はごまかしが効くんですよね。ところが現代を舞台にすると、自分らの生きている時代だけに各方面からクレームが来やすいのですね。ましてやNHKは影響力が大きいから。


「いのち」に出てくる人物は全て架空の人物で、実在の人物の名前が出たのはナレーションや登場人物の台詞でもマッカーサー、池田勇人(内閣総理大臣)などごくわずかです。登場人物を全て架空にしたのは、クレームを恐れたのかも。

しかし、農地改革とこれに伴う地主の没落、高度経済成長下の農村、集団就職、オイルショック、核家族化など昭和20-50年代の社会的事象や事件は多数描かれており、戦後の歴史を学ぶにはいいドラマです。

「いのち」には「おしん」にも登場した俳優さんが結構ご出演されております。泉ピン子さん、小林綾子さん、赤木春恵さんetc。あと「おしん」とは関係ないけれど、吉幾三さんもこのドラマにご出演され、この年の紅白にも初出場されました。吉さんは青森のご出身でした。

また、「いのち」は高視聴率で、地元青森でも「いのち」というお菓子が作られたほど。番組が終わって30年以上経ちますが、今でも「いのち」というお菓子はあります。僕も食べたことがありますが、りんごの味がして結構美味しいです。

女医さんが主人公なので、コロナ禍の今だからこそ再放送の意義があると思うのですよ。本当は「おんな太閤記」より「いのち」の再放送やってほしかったな・・・また、「いのち」のOPの曲も素晴らしいのですね。個人的に大河のテーマ曲で一番好きです。作曲は坂田晃一さん。実は坂田さんは「おしん」、「おんな太閤記」、それから「春日局」の音楽を担当されているのですが、僕はやっぱり「いのち」かな。旋律がきれいなんですよ。

3 春日局
 平成最初の大河が「春日局」でした。1989年(平成元)放送です。三代将軍・徳川家光の乳母である春日局にスポットを当てた作品です。家光は有名ですが、春日局は、それほど知られた存在ではなかったのです。それが、このドラマを通じて広く知られるようになり、このドラマから「お局様」という言葉も生まれました。それくらい影響力があったのですね。また、春日局を“強い女”“烈女”のイメージではなく、平和な世を希求し家光・徳川家を支え献身的に生きた女性として描いたのもこの作品の特徴です。

春日局の本名は斉藤福(おふく)で、おふくが明智家臣の娘であることから本能寺の変と山崎の戦いは明智側の立場で、夫稲葉正成が小早川秀秋家臣となったことから関ヶ原の戦いは小早川側の立場で、というように他の作品とは違った視点で描かれているのも特徴のひとつです。

あと家光が紫という吉原の遊女におぼれ、お忍びで吉原に通ったなんてオリジナルストーリーも印象に残っております。紫という女性は徳川に改易された宇喜多家の関係者という設定になっております。もちろん、こんな話はフィクションで、滅亡したとはいえ、大名の娘が遊郭に売られるなんて話はないそうです。物語としては面白いですが。

昭和天皇崩御による放送延期、番組放送中に出演者が亡くなるといったアクシデントが重なるスタートとなったが、平均視聴率は大河ドラマの歴代3位の32.4%、最高視聴率は39.4%を記録しました。

春日局を演じられたのは大原麗子さん。他、長山藍子さんや藤岡琢也さん、中田嘉子さん、東てる美さんといった橋田ファミリー、それから江口洋介さんとか中村雅俊さん、丹波哲郎さん、香川照之さんと豪華な顔ぶれです。あとバイクの事故でお亡くなりになられた高橋良明さんも、ご出演されていたのですね・・・とても爽やかな感じのする人で、人気もすごかった。高橋さんがご出演された「オヨビでない奴!」とか面白かったなあ。『春日局』の「総集編」放送では、高橋さんの出演シーンの全てがカットされているのですね。無免許でバイクを運転したことが原因だとか・・・いづれにせよ、惜しい人を失ったなあって。


※1 現代ものといえば、2019年(平成31/令和元)にも「いだてん」をやっていました。宮藤官九郎さん脚本で、オリンピックがテーマ。視聴率は低迷していましたが、評判は良かった模様。

最近cs で大山ドラ時代(それも放送当初)の「ドラえもん」を見させていただきました。ドラえもんの連載が始まったのは1969年。大山ドラの放送が始まったのは1979年でした。登場人物のセリフが今より過激だったり、しずかちゃんが「のび太さん」ではなく、「のび太君」と呼んでいるのは違和感覚えました。また、大山ドラを見たついでに図書館で「ドラえもん」の単行本を借りて読んでみました。

改めて見せていただいて、子供の頃に見た印象と色々違いました。特に、のび太を取り囲む大人たち。ドラえもんと同じ国民的アニメの「クレヨンしんちゃん」に出てくる大人たちは、しんちゃんに振り回されているだけで基本的には常識人が多い。ところが、「ドラえもん」は、のび太のパパと、おばあちゃんとか、しずかちゃんのパパとか一部をのぞけば問題のある大人が多い。特にのび太のママと先生。

のび太のママは怖いママだという印象がありますが、改めてみるとヒステリックに怒るだけで、あんまりいいお母さんじゃないなって。成績が悪いんだったら、頭越あたまごしに怒らないで、一緒に勉強を見てあげたほうが、お互いのためだと思う。

勉強しろといっておいて、自分はテレビみて、せんべえ食ってたら説得力ないですね。美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」では、かあちゃんが男に混じって懸命ケンメイに働いている姿をみて、子供は、必死に勉強して、大学をでて、エンジニアになったのですよ?百の説教より、親の姿勢ですね。「ヨイトマケの唄」聴かせてあげたいですね。のびママに。


そして何よりも、ジャイアンとスネ夫にいじめられているのをママは知らないのかって思いましたね。のび太がジャイアンとスネ夫にボロボロにされ傷だらけになったのに、のび太が帰ってきたら、心配するよりも、帰りがオソいとガミガミ怒るばかり。これじゃあ、のび太がママに心を許さないなって。普通親がそこまでいじめられたら、心配するし、学校にもいうでしょ。また、のび太がせっかく貯金チョキンしてためたゲーム機をあっさりジャイアンにとられても、無視するなんて。こんなの普通だったら親が怒ってジャイアンの家へ押しかけ取り返しに行くでしょ、普通の親なら。

また、のび太は夜更かしをしていないのに、学校でもたり、家に帰ったら昼寝ヒルネ。これは、ナマけているというより、そもそも体の調子がよくないのではないかって、これは一度医者いしゃに見せたほうがいいと、少なくとも僕の母なら思いますね。

実は、藤子・F・不二雄先生は高度成長期の教育ママをモデルにして、のび太のママを描いたそうです。70年代ないし80年代は、いい学校、いい会社に入れば絶対幸せになれるって神話が信じられていた時代でしたからね。昔はいい大学に入っていれば、それだけで一流企業に入れた時代でしたからね。昔の日本は、政治の世界では田中角栄、実業界では松下幸之助のような一流の人間がいて、彼らの言うことを黙って従っていればよかった。コクドの堤義明さんなんて「頭の良い奴はいらない。大事なことはすべて俺が決める」とうそぶくほどでしたから。堤さんのいう頭の良いとは勉強のできる人という意味ではなく地頭ジアタマの良すぎて上司に反発する人間のことです。

で、落ちこぼれは我が子でも冷たくされたのです。だから、家庭内暴力カテイナイボウリョクが社会問題になったんですね。かつて戸○ヨ○トス○ー○が注目されました。あの学校がモデルの映画見たけれど、親も悪いなって。散々さんざん冷たくしておいて、子供が言うこと聞かなくなったら、高いお金払って、預けっぱなし。

まあ、そんなのびママも、時には優しい面も見せるので、やはり親だなっておもうこともあります。アニメでは、のび太が帰りが遅くなった時は、うんとしかった後におにぎりをつくってくれたり。時にはナグサめてくれたり。アニメ版のドラえもんは原作の「ドラえもん」よりも基本的に皆優しいのですね。原作の方が、結構しんらつというか、いろいろな風刺が込められているのですね。

ちなみに、最近のわさドラにでてくる、のび太のママはそんなに叱らないんですよね。最近の親は子供をあまり怒りませんが、そんな時代の風潮か。

のび太の先生のほうは、完全に成績至上主義セイセキシジョウシュギ。良い成績の生徒は贔屓ひいきするが、成績が悪い生徒にはダメ人間あつかい。のび太の先生はなにかと学校の成績だけがその子の運命を決めるいうけれど、それって本当に正しいの?そりゃ良い成績をとって、いい大学に行き、国家の官僚カンリョウになったり、政治家になれば万々歳バンバンザイですよ。勉強が大事なのは百も承知。学生は勉強することが仕事ですからね。でも、のび太の先生、勉強勉強で、青春期という大事な時期に他人とのかかわり方も満足に学べず、激しい競争社会で、他者への思いやりを忘れた者が、官僚や政治家になって不祥事フショウジを起こしたり、汚職オショクをやったりしてますが、どう思いますか。オウム真理教の信者だって成績が悪い子どころか、むしろエリートが多かったのですよ?逆に落ちこぼれだった子が会社の社長や弁護士、学校や予備校の先生になった方までいらっしゃるのですよ。

のび太の先生が一番ダメというか悪いところは、のび太がいじめられていることに無関心なのですよね。ジャイアンって映画ではいい奴ですし、アニメでは、ジャイアンを演じられた、たてかべ和也さんや木村昴さんのお人柄がジャイアンに乗り移ってか、乱暴だけど実はいい奴に感じられます。が、原作を見るとひどいのですね。特に初期。

買ってきたばかりのバットで試しに殴らせろとかいったり、人のものを無理やり取り上げて「永久に借りておくだけだぞ!」ってうそぶくような奴ですよ?そんなのをきちんと叱らず、のび太ばかり叱るのは非常に良くないなって。ジャイアンをしかるのも成績が悪いとか、そんなのばっかり。たまに、のび太の先生もよい事もいうし、決して悪い先生ではないのですが。

でも、のび太の先生は「キテレツ大百科」にでてくる佐々木先生にはかないませんね。佐々木先生は厳しいけれど、生徒思いだし、絶対えこひいきしない。「キテレツ」に出てくるガキ大将にブタゴリラというのがでてくるのですが、ブタゴリラがいたずらをしたらきちんと叱るし。割と勉強ができる主人公のキテレツにだって容赦ようしゃせず、カミナリを落とすし。イジメなんてしようもなら激怒すると思いますよ、佐々木先生は。


まあ、昔は結構多かったのですよね、のび太の先生みたいな人。今でこそ個性が大事って言われてますが、昔はエコひいきもそうですし、理不尽リフジンな体罰もあった。いわゆる管理教育の時代。そのアンチテーゼとして、「金八先生」とか「熱中時代」、さらには「僕らの7日間戦争」といったドラマや小説がうまれ、いきすぎた成績至上主義や管理教育への反発から校内暴力へと繋がったのですよね。また、尾崎豊さんが「15の夜」や「卒業」といった名曲を生み出したのも、こんな教師たちへの反発が背景にあるのですね。


で、ジャイアンもスネ夫も今見ると結構理不尽ないじめをしているし。実は、1980年代はいじめが社会問題になりまして、自殺も問題になったし、今の若い子は知っているかな?葬式ソウシキごっこなんてありまして、その事件は1986年におこった事件で、男子生徒が日常的に暴行を受けるまでになり、さらに、そのいじめグループらの主催によって学校でその男子生徒の「葬式ごっこ」が開かれることとなったのです。その「葬式ごっこ」にはなんと担任教師ら4人が加担し、寄せ書きを添えていたといういうから本当にあきれた話です。

ママは教育ママだし、先生は成績至上主義、ジャイアンとスネ夫は理不尽ないじめをするし、のび太はドラえもんがいるから救いがあるのだなってつくづく思いますね。


僕もいじめに苦しめられたから、ドラえもんのいじめの描写ビョウシャは見てて辛かった。また幸い僕の担任の先生はいじめ問題に熱心な先生が多かったから本当にラッキーだったと、ドラえもんみる度におもいます。いじめって本人もしっかりしなきゃいけないけれど、先生が真面目に取り組まないとなくならないですよ。


藤子先生は、ドラえもんを通していじめや学校の問題などの風刺も描いていたのだなあって。

もっとも、後期の大山ドラも、最近のわさドラも、ソフトな感じになって、ジャイアンも昔ほどのび太をいじめないのですね。昔はのび太みたいなタイプは落第生でダメ人間のレッテルしかはられませんでしたが、最近は割とのび太の優しさとか、そういった面が前面に出されているのですね。現在は、のび太が再評価されていますが、そうしたこともアニメに反映されているのですね。

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