海賊たちの中には国に縛られず、自分達で好きなことをやろうという海賊も現れます。代表的な人物が、ベンジャミン・ホーニゴールド。スペイン継承戦争の後、私掠船乗りたちは生活に困ってしまい、多くの者が海賊行為に走ったのです。ホーニゴールドも例外ではなく、1713年ごろに海賊としてのキャリアをスタートさせます。ホーニゴールドは海賊仲間を引き連れてバハマ諸島のプロビデンス島を拠点とすることに決めました。プロビデンス島はイギリス領でしたが、度々のイギリスとスペインとの戦争で、本国の目も届かなくなり、いつの間にか荒れてしまったのですね。

ホーニゴールドたちだけでなく、他の海賊たちも次々と集まりました。また商人たちもたくさん集まってきて、プロビデンス島は大いに栄えたのです。集まってくる商人たちは、いづれも海賊たちの分前をあてにして集まってきたものばかり。だから、海賊たちに不利なことはしないだろうとホーニゴールドは思って、商人たちも受け入れたのです。こうしてプロビデンス島に多くの海賊たちが集まり、海賊共和国ができ上がります。そこの共和国で次の取り決めがおこなわれました。




  • 海賊船の中では、大事なことは船員たちの評決で決める。例えば、次の略奪目標とか船長を誰にするかとか。その取り決めは身分関係ない。船員一人一人の意思が尊重される。


  • 船長は戦利品2人分、そのほかの乗組員は一人分で平等に分け与える。


  • 敵と交戦中に四肢、つまり足や手のいづれかを失ったら、150ポンド支給。いわば労災のようなものが渡される。さらにその場合、船を降りても良い。



ずいぶん、フェアですね。国家公認の私掠船だと戦利品の10%は国に上納し、さらに残りの90%のうち、60%を船主と船長がぶんどる仕組みで、船員たちはそのおこぼれがもらえるのみでしたから。だいぶ待遇が良くなってます。

こうして海賊たちはカリブ海で暴れ回っていたのですが、これを苦々しく思っていたのがイギリスとかヨーロッパ各国。ヨーロッパ各国は新大陸への進出を狙っていましたから、カリブの海賊たちが邪魔になってきたのです。そこで現れたのがイギリスのウッズ・ロジャーズは。彼は元々私掠船の乗組員でしたが、出世して初代バハマ総督に就任していたのですね。ロジャーズは海賊に恩赦を与え、それを拒否して掠奪を続ける者は武力によって討伐しようしたのです。その恩赦にホーンゴールドは受け入れましたが、ホーンゴールドの弟子だったエドワード・ティーチ、通称黒ひげという海賊がそれを拒否。

恩赦否定派の海賊たちは、イギリス艦隊の船を撃破してしまい、いよいよイギリスと恩赦否定派の戦いは避けられなくなりました。

黒ひげも徹底抗戦したのですが、1718年11月22日、黒ひげことエドワード・ティーチは20カ所も刀で切られた挙句、五発の銃弾を受けて死亡したのですね。

一方のホーンゴールドは海賊の先生と呼ばれるほどの存在で、海賊共和国のリーダー的存在でしたが、恩赦の話が出るや、一転して海賊をやっつける側になるのです。こうして、海賊共和国は消滅、カリブの海賊たちも下火になって次第に消滅していきます。