最近、「ドラゴン桜2」を見ました。去年放送したものですが、リアルタイムでは見ていないので、CSでやった再放送を今更ながら見させていただきました。阿部寛さんの演技もすごかったけれど、こども店長だった加藤清史郎さんが生徒役としてご出演されたことに驚きました。ちょっと前までかわいらし子供だったと思っていたのに、今ではイケメンの好青年に。月日の流れの早いこと。自分も歳をとるわけだw個人的には、江口のり子さんが演じられた学園の理事長が印象に残りました。ちょっと怖いけれど、生徒思いで根は優しい理事長を見事に演じられました。理事長の「大人の都合で、子供を振り回すことは絶対に許さない」というセリフにはしびれました。僕も見ているうちに、この歳で東大受験しようかなw?なんて思ったほどw影響されやすいんですねw

しかし、東大といえば、最難関。入学試験も大変難しいです。僕もためしに図書館で、東大の日本史を借りて、問題にチャレンジしたのですが、チンプンカンプン。受験生も大変な思いで勉強しているかと思います。受験といえば、昔の中国でも大変でした。

昔の中国には科挙という役人の任用試験がありました。科挙の出題科目は、四書五経。それから美しい詩や名文を書くことまで求められたのです。役人に詩や文学のスキルまで本当に必要なのかって思うのですが、その点の問題点は後でお話しします。


四書とは「大学」「中庸」「論語」「孟子」。五経とは、「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」で儒教で一番大切な五つの経典です。試験は宋代は論文が中心でしたが、明や清の時代になると、四書五経に書かれた一字一句を正確に答えることが求められました。そのため、下着に儒教の経典の文字を細かい字でびっしり書いた受験生もいたようです。いわゆるカンニングですねw

では具体的に科挙はどのように行われたのでしょうか。宋代の科挙を例にとると、科挙は三段階に分かれていました。まずは地方で第一次試験がおこわなれ、それに合格したものが都の開封で第二次試験、その試験に合格すると、皇帝自らが出題するペーパーテスト。これに合格するとはれて役人になれるのです。皇帝自らというぐらいだから面接かと思われがちですが、違うようです。でも、皇帝が見ている前で試験を受けるなんて緊張しますよね。

しかし、こうした科挙の制度は、時代が下るにつれて大きくなっていったのです。科挙に合格した役人のたちは、文章や詩文のうまさといった教養のみを君子の条件として貴び、現実の社会問題を軽視していたのですね。そのため、治山治水など政治や経済の実務や人民の生活には無能・無関心であることを自慢する始末であった。これを象徴する詞として「ただ読書のみが崇く、それ以外は全て卑しい」と。しかし、役人になると現実のいろいろな難しい問題が出てくるんです。いくら美しい詩が作れても、計算ができなかったり、災害が起こったときに有効な手段が取れなくては意味がありません。実際、宋の時代は度々他国から攻められたのですが、その度に有効な手段が取れず、宋はどんどん弱体化していったのですね。