1 東伏見稲荷ひがしふしみいなりにある慰霊碑いれいひ

西東京市に東伏見稲荷ひがしふしみいなりという神社があります。

神社の入口正面からみて、左側に中島飛行機武蔵製作所の従業員(工場で働いた学生もふくむ)の慰霊碑いれいひがあります。

武蔵製作所には十数回の爆撃ばくげきが行われ、爆弾ばくだん500発が命中し、200あまりの殉職者じゅんしょくしゃ(※1)と500名をこえる負傷者ふしょうしゃを出したそうです・・・・




※1 仕事中、作業中の事故が原因で死亡した場合を殉職(じゅんしょく)という。





ちなみに、中島飛行機と東伏見稲荷神社は大変深い関係があるようです。

戦前に中島飛行機社員の精神修養をおこなう修練道場が置かれていたそうです。

ストライキをおそれた軍部や中島飛行機の上層部は、社員研修を通して従業員の士気を高めたりしたのでしょう。その研修をする道場が東伏見稲荷にあったようです。



2 学園にねむる慰霊碑いれいひ
 東久留米ひがしくるめの自由学園の校庭に、慰霊碑いれいひが二つありまして、そのうちの一つが自由学園女子部23回生が建立こんりゅうしたものだそうです。

自由学園だけでなく、武蔵野女子学院の女学生も学徒動員されました。

1944年(昭和19年)12月3日の空しゅうで、校内の防空壕ぼうくうごうににげていた学徒勤労動員4人が直撃弾ちょくげきだんを受けて一度に4人も亡くなりました・・・

4人の犠牲者を追悼するために、時の校長はその防空壕ぼうくうごうあと寒椿かんつばきを植えました。その記念樹のそばにも建てられました。毎年12月3日には4人の追悼会ついとうかいが行われるそうです。


 



 参考文献


戦争の記憶を武蔵野にたずねて 増補版
戦争の記憶を武蔵野にたずねて 増補版 [単行本(ソフトカバー)]